(1)イントロ
平成25年度(2013年度)問50肢(3)は、
「制震構造は、制震ダンパーなどを設置し、揺れを制御する構造である。」
という問題でした。[答えはマル]
また、
平成25年度(2013年度)問50肢(2)は、
「免震構造は、建物の下部構造と上部構造との間に積層ゴムなどを設置し、揺れを減らす構造である。」
という問題でした。[答えはマル]
肢(3)の「揺れを制御する構造」も肢(2)の「揺れを減らす構造」も、日本語としては非常に区別しにくいですね。
そこで私が、これから解説して行きますが、せっかくなので、宅建合格を超えて皆さまに役に立つような記事にしたいです。
読んでみれば理由が分かると思いますが、以下の解説に共通するのキーワードを相殺(そうさい)にします。
(2)相殺とは
ここでは日常用語としての相殺を使います。
つまり、タイミングをずらせることで互いに差し引いて弱める、という意味で使います。
(3)味の相殺
料理を作っていて、酸味が強すぎたなと思ったとき、砂糖などの甘味を加えると、お互いの味が弱められます。酸っぱさが弱まり、甘さも目立ちません。
こういうのを、味の相殺効果と言います(食品学の用語)。
私たちの脳に伝達される酸味信号や甘味信号のタイミングをずらせることで、酸味と甘味を相殺しているからなんですね。
(4)音の相殺
私たちの耳に聞える音は、空気の振動です。
空気を押したり引いたりしている振動ですね。
地下鉄の中など、周囲の雑音が大きい状況下でノイズキャンセリング式のヘッドホンを使うと、聴きたい音楽には影響を与えずに、周囲の雑音だけを打ち消してくれます。
なぜそうなるかと言うと…
ノイズキャンセリング式ヘッドホンの外側にはマイクが付いていて、周囲の雑音を録音し、この雑音とは逆位相(ぎゃく・いそう)の信号(雑音が空気を押している時は引く信号・雑音が空気を引いている時は押す信号)を発生させ、振動のタイミングをずらせることで、聴きたい音楽と雑音とを相殺しているからなんです。
相殺効果の一種です。
(5)自動車振動の相殺
自動車には乗り心地を良くするために、スプリング(バネ)が付いてます。
でもスプリングだけだと、なかなか揺れが収まらず、車酔いする人が出てしまいます。
そこで、ショックアブソーバーという「早く揺れを制止させる」装置が付いています。
自動車のスプリングとショックアブソーバーの関係も、相殺効果の一種です。
スプリングはバネなので、ゆらゆらと振動します。
そこで、スプリングの振動のタイミングをずらせる装置(ショックアブソーバー)を付けることで、自動車全体の揺れを早く制止させることができるので、車酔いする人が減るというワケです。
(6)建物振動の相殺 = 制震構造
やっと制震構造にたどり着きました!(笑)
大地震の際は、なかなか揺れが収まらないことが多いです。
高層建築物ほど、この傾向が強いですね。
そこで、制震ダンパー等「早く揺れを制止させる」装置を建築物に設置する方法が考え出され、制震ダンパー等を設置した建築物を制震構造と言います。
※
制震ダンパー等
…地震の時に、建築物本体とタイミングがずれて振動する装置の総称。現在では、筋交い(すじかい)のように設置する形式や、上下の梁(はり)をつなぐような形式が多い。油圧式・粘弾性式などがある。
地震の揺れと制震ダンパー等の関係も、相殺効果の一種です。
大地震の際は、なかなか揺れが収まらないことが多いです。
そこで、地震の振動のタイミングをずらせる装置(制震ダンパー等)を付けることで、建築物全体の揺れを「早く制止させることができる」ので、建物の倒壊等を防げるというワケです。
(7)制震構造と免震構造の違い
制震構造は、揺れから免れようという発想はなく、揺れてしまったものは仕方ないので、相殺効果によって「早く揺れを制止させよう!」という技術です。
免震構造は、「免」という字が物語っているように、それ自体で、「揺れから免れよう!」という技術です。
建築物の足元(土台)を地面から切り離し、地面との間に積層ゴムと呼ばれる免震装置などを組み込んで地震の激しい揺れを受け流そうという発想が免震構造。
免震建物であれば、地震で生じる建物全体の揺れを3分の1~10分の1に低減できるとされてます。
(8)ついでに耐震構造
平成25年度(2013年度)問50肢(1)は、
「耐震構造は、建物の柱、はり、耐震壁などで剛性を高め、地震に対して十分耐えられるようにした構造である。」
という問題でした。[答えはマル]
耐震構造は、「耐」という字が物語っているように、建物自体が、「揺れに耐えよう!」という技術です。
建築物の基礎から上部構造までガッチリと地盤に固定して、地震の揺れに対して耐力(人間で言えば「体力・丈夫さ」)でこらえる構造です。
(9)地震に対抗したわが国の歴史
(イ)飛鳥時代から太平洋戦争に負けるまで
「柳に風」という言葉がありますね。
柳が風になびくように、柔らかく受け流すという意味です。
地震の激しい揺れを受け止め、柔らかく受け流すという発想(現在の制震構造・免震構造の発想)は、飛鳥時代に既に生まれていました。
その証拠の一つとして、日本独自の木造建築物である五重の塔は、地震による倒壊の記録が残っていません。
高い耐震性の理由にはさまざまな説がありますが、昔の日本人が、地震の激しい揺れを受け止め、柔らかく受け流すという発想に立っていたことは確かでしょう。
(ロ)今の建築基準法関連の基本条文
昭和25年に施行された今の建築基準法関連の基本条文は、建築基準法20条で、こんな条文です。
(構造耐力)
建築基準法第20条
建築物は、自重、積載荷重、積雪荷重、風圧、土圧及び水圧並びに地震その他の震動及び衝撃に対して安全な構造のものとして、次の各号に掲げる建築物の区分に応じ、それぞれ当該各号に定める基準に適合するものでなければならない。
1号
高さが60メートルを超える建築物 当該建築物の安全上必要な構造方法に関して政令で定める技術的基準に適合するものであること。この場合において、その構造方法は、荷重及び外力によつて建築物の各部分に連続的に生ずる力及び変形を把握することその他の政令で定める基準に従つた構造計算によつて安全性が確かめられたものとして国土交通大臣の認定を受けたものであること。
2号以下省略
条文のタイトルが(構造耐力)となっていることからも分かるように、今の建築基準法関連では、地震に対抗する手段として「耐震構造」主義になってます。
「建物の柱、はり、耐震壁などで剛性を高め、地震に対して十分耐えられるようにしてね!」
でオシマイということ。
地震の激しい揺れを受け止め、柔らかく受け流すという発想(現在の制震構造・免震構造の発想)は、条文からは見えて来ません。
太平洋戦争に負けてからのGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の影響が大きいと思いますが、日本古来の「柳に風」から、耐力(人間で言えば「体力・丈夫さ」)でこらえる構造にいつの間にか変化してしまったのが、今の建築基準法関連です。
免震構造は、今から40年以上も前の1970年始めに、フランスで発明されました。
そして、フランスの原子力発電所(原子炉建屋)では40年以上も前から、ゴム板と鋼板を積層した免震装置が使われています。
それなのに、なぜかわが国では、福島の原発事故後も免震装置義務付けの話さえ聞こえてきません。現在建設中の最も新しい大間原発(原子炉建屋)ですら、免震構造は採用されませんでした。
最近一般住宅向けにも開発されてきた制震構造・免震構造は、法制化されているわけではなく、民間企業が任意でやっているに過ぎないのです。
(ハ)最近の情報 - 東京スカイツリー
前に、日本独自の木造建築物である五重の塔は、地震による倒壊の記録が残っていないと書きましたが、五重の塔で思い出すのは、東京スカイツリーです。
東京スカイツリーの施工者はスーパーゼネコンの大林組ですが、設計・監理者は日建設計です。
その日建設計さんは、1958年(昭和33年)に東京タワーの設計・監理も行った所ですが、そのすごい会社によって飛鳥時代の設計思想が蘇りました。下のリンク先をご覧下さい。
なお設計のプロの間では、地震以外の振動も制するという意味で、「制振」という字が使われることが多いです。
※
五重塔のような、制振構造(日建設計のサイト)
相殺(そうさい)を共通のキーワードとして、制震構造について長々と解説してきましたが、宅建合格を超えて皆さまに役に立って頂けたら幸いです。