2016年1月27日水曜日

人間は意味を問う動物


59歳でこの世を去られた
亀井勝一郎先生



(1)中学・高校時代に影響を受けた評論家

私が、中学・高校の多感な時代に影響を受けた評論家は、小林秀雄先生(1902年明治35年 - 1983年昭和58年) と 亀井勝一郎先生(1907年明治40年 - 1966年昭和41年)です。

同年代の「本を読むやつ」で、お二人の影響を受けなかった者は皆無と言っていいほど、偉大な方たちでした。

人生の色々な事について「全部知り尽くした賢者」みたいなフリをして、明快な回答をする最近のネット評論家に飽き飽きしている私は、今でも、お二人の著作物を本棚から引っ張り出して眺めることが多いです。

きょうは、その中から亀井勝一郎先生の言葉を、私なりに噛み砕いて、一つだけ紹介したいと思います。


2)願って生まれた人は、一人もいない

私たち人間は、誰でも、生まれたいと願って生まれてきたワケじゃないです。
人間の誕生という出来事それ自体は、偶然の産物と言えます。

人間の誕生を、一個の自然的・生物的な現象という観点から眺めるならば、人生なんて「犬や猫のそれと違いない」と考える事もできます。

しかし、人生をそのように考えることは「おそらく妥当でない!」、と亀井勝一郎先生はおっしゃいます。

亀井先生は、人間は犬や猫と違って、生きている「意味」を問うことのできる、いや問わずにはいられない存在だから、と理由づけられます。

先生の著作物でこのフレーズを知った中学・高校のあの頃、なるほど! と大いに感激したのを覚えています。

いま私の口癖は、「宅建は法律の試験であり、法律は単なる記号の羅列ではなく、『意味』の有るものなので丸暗記はダメ!」です。

亀井先生は59歳で亡くなっておられますが、その年齢をゆうに超えてしまったいま、先生のおっしゃっていた事は「おそらく妥当である!」と思っている迷物講師が、ここにいるのであります。



亀井勝一郎 (ウィキペディア)