2014年7月19日土曜日

幸せ度って、経済学だけじゃ測れないもん!

(1)勤勉と倹約は矛盾しないか?

みんなが「勤勉」に働き、みんなが「倹約」することは、経済学的に矛盾しない! と思う人は手をあげて下さい。

(2)手をあげた人

手をあげた人、つまり勤勉と倹約は矛盾しないと思った人は、おそらく経済を学問的にかじった経験が無いんだと思います。

(3)手をあげなかった人

手をあげなかった人、つまり勤勉と倹約は矛盾すると思った人は、おそらく経済を学問的にかじった経験が有るんだと思います。

(4)「ミクロ経済」からの解答

個人ないし一企業を見る「ミクロ経済」からは、勤勉と倹約は、矛盾しません。

「勤勉」に働き「倹約」すれば、私たち個人の家計は健全であり、この健全性は一企業の会計においても同じなので、勤勉と倹約は、矛盾しません。

(5)「マクロ経済」からの解答

でも、日本国全体ないしグローバルを見る「マクロ経済」からは、勤勉と倹約は、矛盾します。

みんなが「勤勉」に働けば生産ばかり増えて、みんなが「倹約」すれば需要が著しく不足するので、経済のマクロ・バランスが崩れてしまうからです。

言い換えると、先進国がモノ余り(生産過剰)なのに買う人が激減するので、価格の下落は日常化し(構造的デフレ)、結果、企業収益はあがらず、個人の収入も減るという事…。

(6)総合の誤謬(ごびゅう)

つまり、ミクロ経済から見た正義がマクロ経済の不幸を招くわけで、こういう悩みを、経済学の専門用語では「総合(=合成)の誤謬」と言います。

(7)歴史的には「ミクロ経済」が先

ミクロ・マクロなんていう言葉も知らなかった江戸中期、幕府は、「ミクロ経済」一辺倒に悩んでました。
「勤勉」に働き「倹約」することを強調する三井家の家訓が象徴するように…。

幕府のエライ役人は、モノ余り(生産過剰)で買う人激減じゃ、「景気チットモ良くならねぇ~な!」と相当悩んでたようです。

事情は17世紀のヨーロッパでも同じでした。
清教徒(ピューリタン)は、勤勉かつ倹約を旨とする教えです。

中世までのカトリックに至っては、勤勉かつ倹約をさらに強めた「清貧の思想」で貫かれていて、経済学(商売)自体をバカにするガチガチの「ミクロ経済」的発想でした。

日本の現行民法が「消費貸借契約について無償(無利息)を原則にしている」のは、今でもこの時代のカトリックに影響されてる結果です(この知識、平成3年に宅建で出題された!)。

(8)現在のグローバル経済(市場原理主義?)の発端

今のグローバル経済(市場原理主義?)の発端を作ったのは、清教徒と同じプロテスタントの信者で、これをユグノー派(カルヴァン主義)と言います。

ユグノー派は、勤勉は肯定したけど「倹約を否定」しました!

「一生懸命働いて財産を築いたんだったら、その金を使って大いに人生を楽しめばイイじゃん!」と考えたんですね。

ユグノー派の思想は、特にオランダで花開き、17世紀のオランダは生産を伸ばすと共に、海運を発展させ(長崎の出島にも来た!)、「需要豊かな」経済文化を享受したのでした。

(9)この記事を書いたキッカケ

きのう金曜日の夕方、給料が増えることだけが嬉しいバカな宅建倶楽部のスタッフどもは、今年の「あれ」いつ発売するの、とウルサク訊いて来るので、「まだ俺にもワカンネ!」と適当にあしらってました。

そのあと、ふっと思ったんです。

俺は勤勉に働き倹約することを強調する三井家の家訓に近い思想の持ち主だ!」

「ユグノー派 (カルヴァン主義) のように、一生懸命働いて財産を築いたんだったら、その金を使って大いに人生を楽しめばイイじゃん!は、俺の人生観にはどうも合わないな!」と…。

いま活躍してる「経済アナリスト」や「各種講師」あるいは「ビジネス書の著者」のように、一般人を洗脳して「一生懸命働いて財産を築いたんだったら、その金を使って大いに人生を楽しめばイイじゃん!」は、俺の言うセリフじゃないと…。

「金を使って大いに人生を楽しめ!」って、昨今、極端になり過ぎちゃってるんじゃないの?

IT関係で飯くってる人、自民も民主も維新の会も…私が知る限りのほぼ全員が、それを疑おうとさえしない!

幸せ度って、経済学(お金)だけじゃ測れないもん! という迷物講師の意見に、誰か賛成してチョー~ダイ!

金使ったけど人生楽しめなかったら、どうすんだよ!!!
金使ったけど宅建試験ダメだったら、どうすんだよ!!!