2014年3月8日土曜日

民法上無効になる理由

(1)イントロ


法律系資格試験を勉強する際、押えておくべき重要な知識に「~の場合は無効」というのが有ります。

例えば、
1.意思能力を欠く状態でなされた意思表示は、無効である(法律の条文ナシ)
2.公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする(民法90条)。
3.相手方と通じてした虚偽の意思表示は、無効とする(民法94条1項)。
4.意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする(民法95条本文)。
などです。

以上の4つは、宅建参考書を含むどんな法律系資格試験のテキストにも書いてあるはずです。

でも、司法書士・社会保険労務士・行政書士の先生に訊(き)いても、その理由を素人にも分かるように簡潔に説明できる方は、残念ながらごく少数…。
上記資格試験には、民法の論文式試験が出題されないのが、その理由と考えられます。

そこで今回は、民法の論文試験に限ってですが高得点の経験がある元司法試験受験生の迷物講師が、上の1.4.の理由を順番に説明してみようと思います。

(2)意思能力を欠く状態でなされた意思表示は「無効」(法律の条文ナシ)


こういう状態の典型例は、泥酔者の言動です。
例えば私が、ベロンベロンに酔っ払って「俺の大型二輪、お前にタダでやるよ!」と言っても、そんなの無効(泥酔状態での私の言動はチャラ)です。

なぜか?

わが国が、フランス革命以前の封建国家ではなく「近代国家だから」です。

近代国家は、意思表示を裁判制度などで応援する国です。
そして「意思表示」とは、他人に示された(表示された)、本人の要求・欲求・希望(意思)を指します。

この意思表示は、当然の事ながら、「正常な判断能力」の元でのそれが大前提になります。

ベロンベロンに酔っ払ったオヤジの言動でも「一度約束した(=契約した)事は守れ!コノヤロー!」というのでは、近代国家とは言えないからです。
「武士に二言(にごん)無し」は、封建時代の言葉!

だから、意思能力(正常な判断能力)を欠く状態でなされた意思表示は「無効」なのです。

なお、わが国の法律に条文がないのは、以上私が説明したような事が、明治以来のエライ人には当然! とされていたためです。



ドイツ民法やスイス民法では、「意思能力を欠く状態でなされた意思表示は無効」という条文がちゃんと有ります。それはゲルマン民族が几帳面だからでしょう!

(3)公序良俗違反を目的とする法律行為は「無効」(民法90条)


民法90条の条文は「公(おおやけ)の秩序又は善良の風俗に反する事項」と書いてありますが、長ったらしいので「公序良俗(こうじょ・りょうぞく)違反」として説明するのが一般です。私もそれに従います。

「公序良俗違反」って、要は違法行為の事。

例えば私が、「迷物ファン限定で、覚せい剤を1グラム10円で売ります!」と言っても、そんなの無効(覚せい剤取締法に違反する私の違法な言動はチャラ)です。
約束を破った私を迷物ファンの皆さまが訴えても、民法上は皆さまの敗訴。
1グラム10円と私が表示した覚せい剤を、自分の物とする事はできません。

なぜか?

わが国が、フランス革命以前の封建国家ではなく「近代国家だから」です。

近代国家は、意思表示を裁判制度などで応援する国です。
そして「意思表示」とは、他人に示された(表示された)、本人の要求・欲求・希望(意思)を指します。

この意思表示は、当然の事ながら、「適法な」それが大前提になります。

覚せい剤取引のような違法行為でも「一度約束した(=契約した)事は守れ!コノヤロー!」というのでは、近代国家とは言えないからです。
「武士に二言(にごん)無し」は、封建時代の言葉!

だから、公序良俗違反を目的とする法律行為は「無効」なのです。

(4)相手方と通じてした虚偽の意思表示は「無効」(民法94条1項)


「相手方と通じてした虚偽の意思表示」は、短縮すれば虚偽表示の事。

虚偽表示は、脱税者の行動に現れるのが典型かな?
例えば私が、所得税500万円を滞納して宅建倶楽部の事務所を税務署から差し押さえらそうになりました。

そこで身内の弟に「売るつもりも無いのに、宅建倶楽部の事務所を弟に売ったことにして、弟も買うつもりなく買ったことにして名義を弟に移して」も、そんなの無効(当事者のグルの虚偽を前提とする言動はチャラ)です。

なぜか?

わが国が、フランス革命以前の封建国家ではなく「近代国家だから」です。

近代国家は、意思表示を裁判制度などで応援する国です。
そして「意思表示」とは、他人に示された(表示された)、本人の要求・欲求・希望(意思)を指します。

虚偽表示には、他人(弟)に示された、本人(私)の要求・欲求・希望(意思)が存在しません。「宅建倶楽部の事務所を弟に売る」はウソ(虚偽)なんだから、当然です。

いくら近代国家といえども、存在しないものを応援することなんか出来ません(存在しないものを応援したんじゃ、近代国家が「お化け」を認めるのと同じ!)。

だから、相手方と通じてした虚偽の意思表示は「無効」なのです。

(5)意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは「無効」(民法95条本文)


「法律行為の要素に錯誤があった」は、約束(=契約)の重要な部分に勘違いがあったという意味。

例えばオッチョコチョイの私(結構ホント!)が、船橋駅北口の甲土地を売るつもりで、勘違いして、船橋駅南口の乙土地を友人に売ると約束(=契約)しました。

この場合、船橋駅南口の乙土地を友人に売ると約束(=契約)した行為は、無効(勘違いで甲土地と乙土地を取り違えた私の言動はチャラ)です。

なぜか?

わが国が、フランス革命以前の封建国家ではなく「近代国家だから」です。

近代国家は、意思表示を裁判制度などで応援する国です。
そして「意思表示」とは、他人に示された(表示された)、本人の要求・欲求・希望(意思)を指します。

この錯誤には、他人(友人)に示された、本人(私)の要求・欲求・希望(意思)が存在しません。
「船橋駅南口の乙土地を友人に売る」は勘違い(本心=意思は、船橋駅北口の甲土地を友人に売るつもり)なんだから、当然です。

いくら近代国家といえども、存在しないものを応援することなんか出来ません(存在しないものを応援したんじゃ、近代国家が「お化け」を認めるのと同じ!)。

だから、意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは「無効」なのです。

(6)まとめ


以上書いてきた事をマトメると、こうなります。

1.意思能力を欠く状態でなされた意思表示が「無効」なのは、正常な判断能力の無い者の行為を裁判所などが応援したのでは、近代国家とは言えないから…。

2.公序良俗違反を目的とする法律行為が「無効」なのは、違法行為を裁判所などが応援したのでは、近代国家とは言えないから…。

3.相手方と通じてした虚偽の意思表示が「無効」なのは、近代国家といえども、存在しない意思を応援することは出来ない(存在しないものを応援したんじゃ、近代国家が「お化け」を認めるのと同じだ!)から…。

4.意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときに「無効」なのも、存在しない意思を応援することは出来ない(存在しないものを応援したんじゃ、近代国家が「お化け」を認めるのと同じだ!)から…。

(7)原則と例外


(イ)原則


私はここまでを、民法の根っこである「私的自治の原則」「契約自由の原則」に基づいて書いてきました。

つまり、
  正常な判断能力の無い者の行為を、近代国家は応援しない
 違法行為を、近代国家は応援しない
 存在しない意思を、近代国家は応援しない
という意味で、それらは「無効」なのです。

そして、こういう考え方の根っこ(土台)になっているのが「私的自治の原則」「契約自由の原則」という制度です。

なお、近代国家の成立過程にまで遡って知りたい方は、 意思表示 をご覧下さい!

(ロ)例外


ところで、近代国家がだんだん進んでくると、「存在しない意思を、近代国家は応援しない」という上の(イ)の原則を、例外なく貫き通して良いか? という疑問が生じてきました。

なぜならば、私たち近代国家に暮らす者は、無人島に独り漂着したロビンソン・クルーソー(架空の人物)と違い、みんなで共同生活をしているからです。

みんなで共同生活をしている以上、「存在しない意思を、近代国家は応援しない」という原則に例外をもうけ、「存在しない意思を作り出した本人にも責任を負わせないと本人の自分勝手になっちゃう場合もあるよね」、 という例外に近代国家は気づいたのです。

この気づき、明治31年に施行され現在も使われている民法にも取り入れられています。

例えば、民法94条1項は「相手方と通じてした虚偽の意思表示は無効」と書いてあります。この部分は、(イ)の「存在しない意思を、近代国家は応援しない」という原則です。

でも民法94条2項は「前項の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない」となっていて、ここが「存在しない意思を作り出した本人にも責任を負わせないと、本人の自分勝手になっちゃう場合もあるよね!」 という例外部分です。

94条2項のようなのを、専門的には動的安全・取引の安全なんて言いますが、これってあくまで、「私的自治の原則」「契約自由の原則」からは例外なので、注意して下さい。

上の方の(4)に書いた例で言えば、私が、所得税500万円を滞納して宅建倶楽部の事務所を税務署から差し押さえられそうになったので、虚偽の意思表示によって事務所を弟に売ったことにした場合、「当事者の虚偽を前提とする言動はチャラ」だぜ! という私の主張を、どこまでも貫き通すことが許されたら、私の自分勝手になっちゃう場合が有るよね! という事です。

 私 → 弟

間の約束(=契約、この場合は売買契約)が「無効」としても、弟が私を裏切って、第三者Cに宅建倶楽部の事務所を転売しちゃった場合を考えてみて下さい。

 私 → 弟 → C(善意)

この場合、 Cさんが 私 → 弟 間の虚偽の意思表示の「事情を知らないで」弟から買ってしまったとき(Cさんが善意の第三者であったとき)、私 → 弟 間の売買契約の無効がCに対しても適用されると考えることは、いかにも私の自分勝手です。

そこで、「存在しない意思を作り出した本人(私)にも責任を負わせ」、私 → 弟 間の売買契約の無効について、私は善意のCに対抗できない(勝てない = 私はCから事務所を返してもらえず事務所の所有権はCが取得する)、と書いてあるのが民法94条2項なのです。

(8)最後に


宅建試験をはじめとする法律系資格試験では、原則(存在しない意思を、近代国家は応援しない)よりも、例外(存在しない意思を作り出した本人にも責任を負わせないと、本人の自分勝手になっちゃう場合もあるよね!= 動的安全・取引の安全)から良く出題されます。

そのため、宅建の参考書・テキスト・過去問解説は、どうしても例外部分の記述にページ数をさかなければなりません。

こういう傾向は、国民を「お馬鹿さん」にしてしまう元!
そのさらに大元には、「出題者の無能さ」・「支配者からの要請」のどちらか(または両方)が存在すると考えます。

世界に通用する論理は、「まずは原則をしっかり押えその上で例外に進む」ものだからです。これは法律学習の王道でも有ります!

そんな心配を心に秘めながら書いたのが、今回の記事です。