2014年3月12日水曜日

ザイン・ゾルレンと意思表示の構造

(1)前提


わが国の民法は、
 ・ ザイン(sein)   … 存在する
 ・ ゾルレン(sollen)… 理想
の両者をうまくバランスさせながら出来ています。

ザイン(存在)の立場から、意思表示の構造を見てみると、
 ・ 意思表示が「存在する」もの    → 有効
 ・ 意思表示が「存在しない」もの → 無効
となります。

でも、ゾルレン(理想)を加味してバランスさせると、上記の有効・無効の振り分け通りには行きません。

以上を前提に、宅建試験で出題されることが多い、
 ・ 虚偽表示
 ・ 心裡留保
 ・ 錯誤
へと話を進めて行きます。



ザインゾルレンは、ドイツの哲学者カント(1724年-1804年)が提唱したもので、わが国の民法に影響を与えたばかりか、現在でも、世界中の知識人が「何かを思考する」ときに影響されている哲学ないしは法哲学上の概念です。

(2)虚偽表示


(イ)

民法94条(虚偽表示)の条文は、次のようになっています。

第94条 
【1項】
相手方と通じてした虚偽の意思表示は、無効とする。
【2項】 
前項の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。

(ロ)

まず【1項】ですが、「相手方と通じてした虚偽の意思表示は、無効とする」という記述は、ザイン(存在)の立場からの条文です。
虚偽の意思表示は、意思表示としては「存在しない」ので無効です。


意思表示には、相手方からみて、表示(甲土地を売る)に対応する意思(甲土地を売るつもり)が「存在する」事が必要です。
虚偽表示では、意思(甲土地を売るつもり)が虚偽(=ウソ)なので、表示に対応する意思が「存在しない」のです。

(ハ)

次に【2項】ですが、「前項の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない」という記述は、ゾルレン(理想)を加味して【1項】とバランスさせたものです。

本来ならば、虚偽表示は【1項】で無効になっていて、無から有は生じないので、善意の第三者は、虚偽表示した者に対抗できない(勝てない)はずです。

でもそれでは、善意の第三者が、あまりにも気の毒です。

そこで、ゾルレン(理想)の出番となります。

虚偽表示した者は、存在しない意思(虚偽=ウソ)を「作り出した張本人」なのに、その本人が責任を負わないで、虚偽表示を知らなかった第三者(善意の第三者)がアオリを食うような怖い取引社会では、人類の理想など吹き飛んでしまいます。

以上のようなゾルレン(理想)の考え方のもと、【2項】の条文が作られたのです。

(3)心裡留保


(イ)

民法93条(心裡留保)の条文は、次のようになっています。

第93条 
【本文】
意思表示は、表意者がその真意ではないことを知ってしたときであっても、そのためにその効力を妨げられない。
【ただし書き】
ただし、相手方が表意者の真意を知り、又は知ることができたときは、その意思表示は、無効とする。

(ロ)

まず【本文】ですが、「意思表示は、表意者がその真意ではないことを知ってしたときであっても、そのためにその効力を妨げられない」という記述は、いきなりゾルレン(理想)の出番です。

上の、「その効力を妨げられない」というのは、有効という意味。
だから心裡留保(表意者がその真意ではないことを知ってした意思表示(例:冗談)は、原則有効になります。

意思表示には、相手方からみて、表示(甲土地を売る)に対応する意思(甲土地を売るつもり)が「存在する」事が必要です。
心裡留保では、意思(甲土地を売るつもり)が虚偽(例:冗談)なので、表示に対応する意思が「存在しない」です。

だったら皆さまは、(2)に書いた、(虚偽表示)の第94条【1項】のように、「…虚偽の意思表示は、無効とする」と記述すべきだとは思いませんか?

話が逆になっていますね。
心裡留保の方は、虚偽なのに原則有効なんですから…。

逆になっている理由は、次の通りです。

(虚偽表示)の方は「相手方と通じて(グルになって)」、「存在しない」意思を作り出したんです。だから相手方も当然虚偽を知っているので、「相手方」を保護する必要は全然ないです。

でも(心裡留保)は、心裡留保した人が単独で「存在しない」意思(例:冗談)を作り出しています。相手方と通じて(グルになって)はいませんよね?
という事は、心裡留保した者だけが、存在しない意思を「作り出した張本人」です。

そこで、心裡留保について責任がない「相手方がアオリを食うのを防ぐ!(=所有権等を取得できるように手当てしてやる!)」のが人類の理想だというゾルレンを持ち出して、心裡留保は、原則有効になるという93条【本文】の条文になりました。

(ハ)

次に【ただし書き】ですが、「ただし、相手方が表意者の真意を知り、又は知ることができたときは、その意思表示は、無効とする」という記述は、ザイン(存在)の立場からの条文です。

「相手方が表意者の真意を知り、又は知ることができたとき」とは、要するに、心裡留保について「相手方にも責任があるとき」という意味です。
具体的には、相手方が、心裡留保した(例:冗談で言った)人の真意を知っている場合(悪意の場合)とか、真意を知ることが出来たのに過失(不注意)でそれが出来なかった場合を指します。

つまり、【ただし書き】の場合は、(2)で書いた、(虚偽表示)の第94条【1項】のように、「…虚偽の意思表示は、無効とする」と同じような状況が生じたのです。

だから本来、虚偽の(例:冗談で言った)意思表示は、意思表示としては「存在しない」ので、【ただし書き】の場合は、第94条【1項】と同じく無効にしたのです。

(4)錯誤


(イ)

民法95条(錯誤)の条文は、次のようになっています。

第95条 
【本文】
意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。
【ただし書き】
ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない。

(ロ)

まず【本文】ですが、「法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする」という記述は、ザイン(存在)の立場からの条文です。
錯誤があったときの意思表示は、意思表示としては「存在しない」ので無効です。


意思表示には、相手方からみて、表示(甲土地を売る)に対応する意思(甲土地を売るつもり)が「存在する」事が必要です。
錯誤があったときは、表示(乙土地を売る)に対応する意思が、(甲土地を売るつもり)という勘違いによって生じているので、表示に対応する意思が「存在しない」のです。

(ハ)

次に【ただし書き】ですが、「ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない」という記述は、ゾルレン(理想)を加味して【本文】とバランスさせたものです。

本来ならば、錯誤は【本文】で無効になっていて、無から有は生じないので、錯誤したオッチョコチョイは、どんな場合でも錯誤の無効を主張できるはずです。

しかしそれでは、相手方が、あまりにも迷惑します。
少し注意すれば錯誤を防げたとき(重大な過失があったとき)まで、「私は錯誤したんで無効を主張しま~す!悪りぃね!」が許されたんじゃ、相手方はたまりません。

そこで、ゾルレン(理想)の出番となります。

錯誤した者は、存在しない意思を作り出したことを「少し注意すれば防げたのにそれを怠った」のだから、相手方がアオリを食わないように手当てしてやらないと(本人の無効主張を禁止しないと)、取引社会は怖い事になり、人類の理想など吹き飛んでしまいます。

以上のようなゾルレン(理想)の考え方のもと、【ただし書き】の条文が作られたのです。

(5)まとめ


以上、ザイン(存在する)ゾルレン(理想)から書いてきた意思表示の構造をマトメると、こうなります。

第94条(虚偽表示) 
【1項】
相手方と通じてした虚偽の意思表示は、無効とする。⇔ザイン
【2項】 
前項の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。⇔ゾルレン

第93条(心裡留保) 
【本文】
意思表示は、表意者がその真意ではないことを知ってしたときであっても、そのためにその効力を妨げられない。⇔ゾルレン
【ただし書き】
ただし、相手方が表意者の真意を知り、又は知ることができたときは、その意思表示は、無効とする。⇔ザイン 

第95条(錯誤) 
【本文】
意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。⇔ザイン
【ただし書き】
ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない。⇔ゾルレン

このような切り口で書いてある、宅建参考書を含む法律系資格試験のテキストは、一冊もないです。
それを百も承知で今回の記事を書きました。

それでも書いたのは、せっかく私と出会った皆さまに、世界に通用する「物の考え方の一端」を紹介したかったからです。

冒頭で申し上げたように、ザインゾルレンは、わが国の民法に影響を与えたばかりか、現在でも世界中の知識人が何かを思考するときに影響されている概念なのです。